認知症の人が相続人になる場合の注意点と対策方法

相続人に認知症の人がいる場合は対策を

父親が亡くなり、相続人は母親と子どもという場合で、母親が認知症の診断を受けているというケースもあるでしょう。
相続人の中に認知症や寝たきりで判断能力が難しくなっている方がいる場合には、なるべく早い段階で相続対策する必要があります。例えば、上記のケースのように母親が認知症と診断されている場合は、父親は遺言だけでも作っておけばよいのです。そうしておくだけで、子どもの負担はだいぶ楽になります。

今回は、家族に認知症の方がいる場合の相続の事前対策の注意点と、もしも既に相続が発生してしまった場合の方法をお伝えいたします。

認知症の家族が相続人にいる場合

相続人の1人が認知症で判断能力がない場合、遺産分割協議はできない

相続が起こると、亡くなった方の財産は凍結されます。原則として、銀行預金などは下ろせなくなり、不動産も処分できなくなってしまいます。
ただし、凍結解除は遺産分割協議で「誰が相続するか」を確定させればすることができます。しかし、遺産分割協議は、相続人全員で合意する必要がありますので、相続人である母親が認知症などで判断能力が低下していると、遺産分割協議ができず、亡くなった父親の口座からお金を下ろせなくなってしまいます。
父親名義の不動産について、賃貸も売却もできません。

遺産分割には成年後見制度の利用が必要だが、使いづらい点も

では、遺産分割協議は全くできなくなるのでしょうか?1つだけ方法があります。それが、成年後見制度を利用することです。

成年後見制度は、認知症の母親の代わりに後見人が財産を管理する制度です。認知症などで自身の財産管理が難しくなった方の代わりに後見人を置き、後見人が財産管理や重要な契約などを行います。
預貯金は後見人の口座に移して管理します。介護の契約や施設・病院との契約などの法律行為も後見人が本人の代理人となって行います。そして後見人が本人の代理人として参加することで遺産分割協議をすることができます。

しかし、成年後見制度も使いづらい点があります。それは、親族は後見人に選ばれず、専門家が選ばれてしまう可能性が高いことです。成年後見人を誰にするかの決定権は、家庭裁判所が持っていますが、ここ数年間の傾向では、親族が選ばれる割合は下がり、専門家などが選ばれる割合が増えています。

令和元年の実績では、親族が後見人に選ばれた割合は21.8%、親族以外が選ばれた割合は78.2%でした。前年の平成30年は親族が選ばれた割合は23.2%だったので、親族の割合は下がっています。

後見人に専門家が選ばれた場合には、母親の財産管理は後見人が行い、また母親の介護に関する決定(どこの施設に入れるか)などについても専門家後見人と話し合って決めていくことになります。

成年後見制度が使いづらい点のもう一つは、後見人に報酬が発生することです。目安は最低月2万円、母親の保有する財産額によっては月5~6万円になることもあります。後見制度は原則として途中で止めることができないので、母親が亡くなるまでずっと後見人が就き、報酬も発生します。

また、認知症の母親に後見人をつけることで遺産分割協議ができますが、子どもの意図通りになるとは限りません。後見人の使命は「母親の財産を守ること」なので、後見人として法定相続分を死守します。
「母親は既に十分な財産を持っているから、子どもが多くもらう」や「子どもが母親の面倒を見ていくから、子どもが多くもらう」などの理由で、子どもの取り分を多くし、母親の取り分を法定相続分よりも少なくする内容の遺産分割協議を子ども側が希望しても、後見人が認めるのは難しいでしょう。
これは、家族が後見人となった場合も同じです。後見人としては「母親の権利を損なう分け方」をすることが難しいのです。

「法定相続分で分けることはできる」デメリット

不動産については「法定相続分」に分ける旨の登記は相続人が1人ですることができます。この場合には後見制度を利用せずに進めることが可能です。

ただし、「法定相続分で登記する」ということは、不動産が子どもと認知症の母親との共有状態となります。
共有状態の不動産は共有者全員が合意しないと動かすことができないため、1人で売却や賃貸に出せませんので、結局、認知症の母親に後見人をつけることが必要になってきます。

また、「小規模宅地等の特例」や「配偶者の税額の軽減」といった相続税を抑える特例も、遺産分割協議ができなければ利用できません。
預貯金についても、相続人全員での遺産分割協議をできなければ、一切、払戻しを行うことができなくなりました。
平成31年4月に改正相続法が施行され、各相続人が遺産分割協議をせずとも一定額を払戻しできる制度が新設されました。
葬儀費用などの負担を軽減することが目的です。払戻しできる上限金額は「150万円」または「当該銀行にある預貯金額×3分の1×法定相続分」のどちらか少ない額までです。
上限額を超える金額は、遺産分割協議をできなければ払戻しすることができませんので、銀行内で凍結されたままとなります。

亡くなる前に、遺産分割協議をしない仕組みをつくる

前述の通り、相続人の1人が認知症などにより判断能力が無い場合は、遺産分割協議をすることができません。
長寿化が進む中、父親の相続で、母親が認知症の診断を受けているというケースは今後増えるかと思います。そのような場合の対策の1つとして、父親が生前に「遺言」を作成しておくことが挙げられます。
遺言で「誰に何を相続させるか」を決めておけば、遺産分割協議をせずとも不動産や預貯金について、凍結を解除し相続手続きをすることができます。
また、家族信託をしておき、承継先を定めておくことでも、同様に遺産分割協議を回避することができます。
相続人の1人に、認知症と診断されている方がいる場合には、遺産分割協議をせずに済むように、遺言などを作っておくことをおすすめします。それにより、残された相続人へ負担をかけずに相続手続きを進めていくことができます。

亡くなった方が認知症だった場合の注意点

続いて、亡くなった方が認知症などで判断能力が喪失していた場合の注意点です。

相続人同士が不仲で、親の遺言が残っていた場合

父親の遺言が残っており、「長男に全財産を相続する」という内容だった場合に、財産をもらえなかった次男が納得がいかず、「父は遺言を作成する時には、認知症と診断をされていて、遺言を作成する判断能力がなかったので、その遺言は無効である」という主張をしてくるかもしれません。
遺言が無効になってしまうと、相続人全員で遺産分割協議が必要です。合意できなければ裁判所での調停に進んでしまう可能性があります。
そのため、「遺言を作るときも元気なときに」作成しておくことが必要になります。
「高齢になってきた」「物忘れが出てきた」といったときに遺言を作る場合には、医者に診断書をもらっておくと安心です。遺言などを作る意思能力があることを証明する診断書です。
遺言が効力を生じるのは、本人が亡くなった後なので、トラブルになると相続人が立証していかなければいけません。そのため遺言作成時には注意が必要なのです。
また、成年後見制度を利用している人でも、判断能力が回復し、医師2人以上の立会いがあれば遺言を作ることができます。

もう発生してしまった相続はどう進めるか

今までは、事前の対策についてお話をしてきました。相続人の1人が認知症の場合には、遺産分割協議をしなくても相続手続きを進められるように、遺言や家族信託を準備しておくべきです。
しかし、既に相続が発生してしまった場合はどうすればいいのでしょうか?

(1)相続人の認知症のレベル、意思能力のレベルをチェックする

相続人である母親が認知症と診断されていても、判断能力が無いかどうかは必ずしも一致しません。
認知症は軽度なものから重度なものまで、濃淡があります。認知症と診断されていても、レベルが軽度で、自身で遺産分割協議に参加する能力があるのであれば、有効な遺産分割協議ができます。後見人の利用も不要です。

その判断は、医者が行います。医者に遺産分割協議をできる意思能力があると診断されれば、遺産分割協議をして相続手続きを進めていくことができます。この際に診断書ももらっておくと安心です。

(2)相続財産の内容をチェックする。

父親が亡くなった場合の相続財産について、どのような内容か確認をすることもポイントです。
例えば、相続財産が自宅だけで母親が住み続け、売却などの予定が無い場合には、あえて今、相続手続きをする必要はないかもしれません。
将来、母親に相続が発生すると、子どもが相続人になります。
このときには、過去の「父親の相続」について子どもだけで遺産分割協議をし、相続先を決めることができます。
亡き父親の相続人の地位も母親から相続されるのです。もしも、父親の相続財産の内容が、すぐに処分する必要がなく、凍結したままでも良い場合には、相続手続きを先延ばしにするというのも1つの選択肢です。
ただし、2021年4月に「相続登記を義務化する」改正法案が可決され、2024年を目処に執行されることになりました。
改正法が執行されますと、3年以内の相続登記が義務化され、期限内に相続登記をしなかった人には「罰金10万円以下の過料」が科せられることになるので、注意が必要です。

(3)生命保険の有無をチェックする

生命保険の死亡保険金は、遺産分割協議をせずとも受取人が受け取れる財産です。父親に相続が発生したときに、残された相続人には金銭的な負担が生じます。代表的なものとして葬儀費用や納骨の費用、その他にも現金があることによって残された相続人の負担はだいぶ軽減されます。
そのため、父親の生命保険契約があるかどうか、ある場合に受取人が誰になっているかをチェックしましょう。受取人が子どもになっていれば、母親が認知症で遺産分割協議ができなくとも、生命保険金は子どもが受け取ることができます。
万が一、母親が受取人となっている場合には、保険金を受け取るために成年後見制度の利用が必要になる可能性があります。

遺産分割協議をする場合は、家族が選ばれる可能性を模索する

ここまでは、相続人の中に認知症の方がいるものの、すでに相続が始まっている場合、遺産分割協議を一旦保留にする可能性を検討しました。このまま問題が無ければ、母親の相続の時に改めて考えるという選択肢もあります。
一方で、財産の凍結を解除するために遺産分割協議をどうしてもしなければいけない場合もあります。例えば、亡くなった父親の預貯金から母親の生活費、医療費、介護費を出していかないといけない場合、相続税申告が必要になる場合などです。
遺産分割協議をするためには、判断能力が認められない限り、認知症のお母さんに成年後見人を就ける必要があります。

そのときには、後見制度のことに詳しい専門家に相談をすることになるでしょう。
前述の通り、後見人に専門家が選ばれる割合は7割を超えています。ただ、親族が絶対になれないわけではありません。可能性はとても低いかもしれませんが、専門家の中には家族が後見人に選ばれるように、申し立ての仕方などを一緒に考えてくれる人もいます。

元気なうちに遺言の準備を

近年は「とりあえず遺言」をおすすめしています。遺言があることで、残された相続人は遺産分割協議をせずに、相続手続きを進めることができるからです。考えが変わったときには、変更することも出来ますので、「とりあえず遺言」と呼んでいます。
特に子どもに自分やパートナーの面倒をみてもらうことを考えている場合には、子どもが面倒をみやすいような状況にできるよう準備しておきましょう。

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